卒業旅行で台湾に行ったら1人になった
こんにちは、まっきー (@Macky373) と申します。
新歓チラシ*1だけの情報で衝動的にAnotherVisionに入ったはいいもののあまり謎制作はしておらず、みんなでわいわい謎解きをしたり、ちょこちょこデザイン*2やスタッフをしたりで楽しく過ごしています。
今回はひとつ、高校を卒業してから東京大学に入学するまでの間、空白の期間の思い出話でもしようと思います。
2年ほど経った今でも薄れることのない衝撃的な記憶です。
目次
卒業旅行に行こう!
2018年3月、東京大学に合格した。
遊ぶぞ
そんな心持ちの初春、友達から1本のLINEが届いた。
「空港のどこで待ち合わせよっか?」
そう、かねてより画策されていた台湾に2人で卒業旅行に行くぞ計画の実行は間近だった。
当時私は中国語など全くわからなかった*3が、自由行動の1日を除いて現地のガイドさんがつくし、日本語が通じることもあると聞いた*4のでその点に不安はなかった。
しかし、私は単に久々の海外旅行に対してビビっていた。
前日は旅のしおりを擦り切れるほど読み込み、手配しておいたポケットWi-Fiの使い方を確認し、親に借りたるるぶを読み、台湾での電車とかバスの乗り方を頭に詰め込み、空港のチェックイン方法と税関の通り抜け方をまとめサイトで確認したあたりでだいぶ早めに目覚ましをセットして寝た。
いざ台湾
当日、空港に着くとすでに友人が待っている。
前日シミュレーションの甲斐あって、搭乗手続きはなんの問題もなく完了した。
指定された席に着いて朝ごはんのおにぎりを頬張る。
ちなみに隣の席に友人はいない。超格安プランだからだ。
と言っても私たちはデジタルネイティブ世代。オフラインだろうとオンラインだろうと、変わらず良質なコミュニケーションを取り合うことができる。
数時間のフライトを経て、私たちを乗せた飛行機は台湾桃園国際空港に着陸した。
飛行機から降り、友人と合流する。
お互い久しぶりの海外なうえ、受験明けで開放的な気分になっていたのか、自然と話も弾む。
私たちを縛るものは過ぎ去った。もうなんだってできるんだ。
日本と同じようにスムーズに手続きを済ませていく。流れるように入国審査を通り抜けると、無意味に写真 (上のやつ) など撮りつつ友人を待つ。
しかしなかなか来ない。もう5分くらい経っている。
おかしいな、久々の海外だから手続きがわからないのか。
もう少し待ってみよう。
遅い。
いくらなんでも遅すぎる。
もう20分くらい待ってないか?
時間を確認するためスマホを開くと、LINEが来ていた。
「ごめん止められてる」
「ダメかもしれん」
ダメってなに?
このままでは埒が明かない。
助けを求めるためにひとまずロビーまで歩を進めて、待機している現地ガイドさんに合流する。
事情を話すと、すぐどこかに電話をかけ、流暢な中国語で話し始める。頼もしい。
長くこの仕事をしている彼女も、こんなことは初めてだそうだ。
かくいう私は、実は初めてではなかった。
話は逸れてしまうが、私の父親は純日本人であるのにもかかわらず顔が日本人離れ*5している。
その顔立ちがなんともいえない胡散臭さを醸し出しているらしく、大勢の同僚たちと連れだった出張だろうと家族旅行だろうとまず止められる。時には別室送りにもなる。
とは言え実際にブツを運んでいるわけでもないので、いくら怪しかろうが取り調べさえ済めば解放された。
今回の一件もそれと同じだろうと思ったので、多少動揺こそすれ特に心配することはなかった。のだが。
「本当ごめん、強制送還になりそう」
強制送還?
マジで運んでたのか?*6
ガイドさんに伝えると、これ以上行程を遅らせられないので出発する、後のことは他のスタッフに任せるとのこと。
そのままツアーバスに乗り込み、他の参加者らが楽しげな会話を交わすなか1人で席に着いた。
哀しきネット中毒者デジタルネイティブとして染み付いた動作でスマホを開く。
あれ、ネットに繋がらない。
当然だ。海外なので、通信料をかさませないために飛行機に乗ってからずっと機内モードにしている。*7
そんなことは分かっていた。入念な事前調査の結果、私はポケットWi-Fiを手配しておいたはず。
ではそれはどこにあるのか?
今やぐんぐん遠ざかってゆく友人の荷物の中である。
旅行中、2人が離れることはないはずだった (はずだった) ので、1つの端末を割り勘で使うことにしていた。
早めに空港に着く手はずだった友人に受け取りを任せ、手続きの円滑化を図ったのがここで裏目に出る。
結果、私は
- 中国語が少しも分からない
- 大体の場所でネットが使えない
ダブル「ない」の状態で、初めての台湾に挑む羽目になってしまったのである。
ガイドさんのいる今はいいにしても、1日自由行動の時間をどう過ごせというのか。
さて皆さん、大変なことになってしまいました
そんな状況もおかまいなしに旅程は進む。
われら一行がまず向かったのは三峽老街。
ご覧の天候のおかげであまり伝わらない気もするが、異国情緒あふれた煉瓦造りの美しい街並みである。
あてもなくフラフラ歩き、おぼつかない手つきで写真を撮っていると、優しいガイドさんが気を遣っていろいろと見どころを紹介してくれた。
皆さんは「牛角」をご存知だろうか。
モンテローザ系列のアレではなく、台湾風クロワッサンのことだ。牛の角に形が似ていることからこのように呼ばれているらしい。
初めて食べるものだったので、とりあえず一番スタンダードと思われるもの*8を購入した。
お値段およそ30元 (日本円にして100円ほど)。
簡潔に言うと非常においしかった。
表面の皮はだいぶ硬めで、端の方などはクッキーに近い食感。自然な甘みと乾燥した口当たりが心地いい。
牛角の力で多少MP (メンタルポイント) が回復し、以降その日は穏やかな気持ちで観光を楽しむことができた。
その後ガイドさんにべったりで鴬歌老街*9等の町歩きをしたが、今回は割愛する。老街ってどういう意味だろ。
孤独、再び
1日目の行程が終了し、ホテルにチェックインした。
部屋が広い。急に寂しさがこみあげる。
と同時に、空港を出たきり連絡を取れなかった友人のことが気になってきた。
スマホを取り出してホテルのWi-Fiに接続すると、再びLINEが来ていた。
話を聞いてみると、なんと未だ桃園空港にいるらしい。なぜ?
結局マジの強制送還になるにはなったのだが、帰るのは明日の便になるようだ。空港に宿泊設備があるはずもなく、硬い椅子に座って、唯一あったという小さいテレビを見ながら夜を徹するしかない。
テレビがあるならまだマシじゃんと思われるかもしれないが、ここは台湾だ。ドラマもアニメも何もかもが中国語である。
強制送還の挙句これでは相当キツそうだ。
意外と楽しんでた。
ドアと壁の定義
翌日。
ビュッフェで好物のソーセージとパッサパサのワッフル*10をぼんやりと食べる。
朝ごはんを食べ終えて部屋に戻ると、なぜかドアが開かない。
カードキーが磁気か何かでイカれてしまったと咄嗟に思ったが、よく見ると読み取り部分のライトは緑色に光り正常な反応を示している。どうも問題はドア側にありそうだ。
フロントに行き、ドアが壊れたと英語で伝えると、すぐに屈強な男が派遣されてきてドアを修理してくれた。
その場は珍しいこともあるものだと流したが、参加者たちの多くが同様の事例に複数回遭遇したという。
ちなみに滞在日数は3日間。
ドアごと交換した方がいいんじゃないか。
スリリング・ワンウェイ
外出するか否か。
シングルベッドとセミダブルベッド*11の間を行き来しながらしばらく考えてみたものの、せっかく台湾に来ておいて1日を棒に振るもったいなさすぎさには耐えられなかった。
が、やはりネットが使えない縛りがつらすぎる。
私は生来、方向感覚というものを持ち合わせていない。*12
Google Mapsがなければ日本でも迷子になる人間が、台湾でならないことがあろうか。(いや迷子にならないはずがない)
そこで、発想を転換させることにした。
移動中にネットが使えないのならば、今ここで1日分使ってしまえばいい。
さっそく親に借りたるるぶを引っ張り出し、目ぼしい観光地をリストアップしていく。次にGoogle Mapsを起動し、全ての目的地に対して全ての経路を調べ上げ、克明に記録する。徒歩経路ならば細かな路地1本1本が見えるまで拡大し、逐一スクリーンショットで保存。公共交通機関を使うならば、利用路線はもちろんのこと、通過する駅1つ漏らすことのないように記録する。
全ての作業が終わった時、スマホに保存された膨大な情報は、1本の確かな、しかしどこか頼りない道筋を照らし出していた。
ネットの力を駆使して集めた情報への信頼は厚い。
ただ、残念なことに肝心の私自身が全く信頼できない。
道を間違えて、保存した地図より外の範囲に出てしまったら?
乗るバスを間違えて、帰り道がわからなくなったら?
旅程が崩壊すれば、死ぬ。
少なくとも当時の私にとっては、全く大げさな言い方ではなかった。何せ機内モードのままでは電話すらできないのだ。なにかが起きてもガイドさんに頼ることはできない。
1人では関東地方すら出たことのなかった私には、台湾はあまりに早すぎた。
観念して決意をみなぎらせていると、頭を使ったせいかお腹が空いてきたことに気づく。
何か食べたいが、いきなり1人で勝手もわからない現地のレストランなどに行くのは気が引ける。せめて注文のシステムくらいは馴染みのあるところに行きたい。欲を言うならできるだけ美味しいものが食べたい。
こんなとき私がどうするか。
少しでもまっきーという人間を知っている者ならば簡単に推測がつく。
麦当劳在哪里?
ホテルの外に出て少し進むと、片側3車線の道路に突き当たる。見晴らしはよく、同じく片側3車線程度の太い道路と複雑に合流・分岐を繰り返しているのが一望できた。平日だったからか、交通量は非常に多い。
荒れ狂う川のごとく超スピードで行き交う車*13の間を走り抜ける人々 (なんかセグウェイに乗ってる人までいた) を見下ろしながら、大人しく歩道橋をいくつも渡り継ぎ、ようやく目的地にたどり着いた。
マクドナルドである。
マクドナルドについての詳細なお話が読みたい人はこの注釈に飛んでください。
(予想外に気合が入ってしまい、長め。本編とは関係ないので飛ばしても問題なし)
ちょっと一息:
読者の皆さんにおかれましては、16日担当・有機くんの記事はもうお読みになりましたか?この記事の2時間ほど前に投稿されたてほやほやですので、見逃していた方はこの後にでもぜひチェックしてみてください!
龍山寺参り
腹ごしらえを終えてまず向かったのは、るるぶにて「一番人気」と評されていた龍山寺。ホテルからは遠いので、電車で向かう。
乗車には当然きっぷが必要だが、台湾のきっぷは日本のような紙製ではなくICチップである。これを改札の読み取り部にかざすことで処理が行われるようだ。
駅の雰囲気はどことなく日本に似ており、案内板も親切だ。私の乗った路線では、東京メトロの南北線のように全面が覆われている形のホームドアが設置されていた。
混んでいたため座ることはなかったが、電車のイスはクッションがなく硬そうだったと記憶している。つり革に派手に頭をぶつけて女の子*15に笑われた。許さんぞ。
そんなこんなで目的の駅*16にたどり着く。目的の龍山寺は駅の目の前にあった。さすが一番人気だ。
一風変わった台湾式おみくじに興じるなど、存分に楽しんでから寺を後にする。まだまだ先は長い。
長すぎたので最終目的地まで割愛。
Bus Error
最後の目的地にはバス*17で向かう。予定通りのバスに乗車し、事前に調べておいた料金を支払って着席する。
次の停留所の名前は車内の電光掲示板に1度だけしか流れないので、見逃したら泥沼だ。神経がゴリゴリすり減る。当然中国語なのでアナウンスは聞き取れない。20分ほどの乗車時間が永遠に感じられた。
そんな中、1つ気づいたことがあった。乗客が降車するとき、なぜか金を支払って降りているように見える。
突如、卒業旅行出発前日の記憶がフラッシュバックした。
「台湾のバスは運賃前払いの場合と後払いの場合があります。表示をよく確認しましょう。」
その時まで全く気が付かなかったが、車内には電光掲示板が「2つ」あった。そこに下車収票 (後払い) と真っ赤な字で表示されているのがありありと読み取れる。
めちゃめちゃに焦ったが、運転手さんに一生懸命事情を話して事なきを得た。
諸事情のため目的地そのものについては省略する*18。その後、帰り道で反対側のバスに乗ってしまうなどのアクシデントもあったものの、無事生きてホテルにたどり着くことができた。
ウィニングラン
さて、最終日はガイドさんと気楽に観光ができる日だ。刷り込まれたヒヨコのように後ろをついていくだけで自動的に「楽しみ」を摂取できる。
特にアクシデント等なかったので抜粋して簡単に振り返る。乱世でなければ (ブログ的に) おもしろくない。
・故宮博物館
観光客でごった返していて、参加者全員にはガイドさんの声が行き渡らない。そのため、インカム的なものを付けてガイドさんの解説音声 (生放送) を聞くこととなった。
自由行動時間では、故宮内のスタンプラリーをやったり、外に出て無意味に自撮りしたりしていた。
・九份
あの「千と千尋の神隠し」のモデルとなったと言われている地である。こう称されている場所は腐るほどあるが、実際に見たところかなり雰囲気が似ていたので有力なのではないか。
九份は、街のほとんどが食べ物やグッズを売る店で構成されている。ご飯はおいしかったが、グッズの方は著作権という概念を知っているのか怪しい店がほとんどだったのが気にかかる。*19
九份への通り道にあった十份では名物・天燈*20を飛ばし、夢で夜空を照らした。当日は風が強く、遠くの木に引っかかって静かに炎上している天燈があったのが印象的だった。
その後、昨日とは違うホテル*21に1泊だけし、翌日の飛行機で帰国した。
おわりに
今まで様々な場所に旅したが、朝ごはんのメニューから街路樹の木目までこんなにもありありと思い出せるのは唯一この旅行だけだ (特に2日目)。この記事も、ほとんど自分の記憶に残っていたことのみで執筆した。
言葉のわからない海外で自分だけに依って行動する*22ということが、ひとつひとつの出来事をより現実味をもって鮮やかに脳裏に焼き付けさせたのだろう。無事終えてみれば、ここまで充実した旅行もなかったのかもしれない。
ちなみに件の友人とは今でも仲が良く、今度アメリカ旅行に行く予定である。
楽しみだなあ。
*1:まさか次年度新歓チラシのデザインに関わることになるとは。エモーショナル
*2:Top Secret、BLACK LIGHTのメインデザイナーを担当しました。最近だとXワードのデザインを1箇所だけさせてもらいました。ぜひプレイしてみてね
*3:このときのトラウマ経験からか、第二外国語では中国語を選択することになる
*4:実際全くそんなことはなかった。現実は厳しい
*6:帰国後聞いた話によると、パスポートの一部が欠損していたらしい
*8:色とりどりでたくさんの種類があった。調べたところ、私が買ったのはバター味だったらしい
*9:モダンな雰囲気の焼き物市。台湾製の良質な焼き物が買えるが、現地人向けの有田焼なんかも混じっているので注意
*10:超格安プランだからだ。
*11:謎采配。セミダブルの譲り合いが発生し得なかったのは不幸中の幸い
*12:幼少期にふと豆腐を作ろうと思い立ち、徒歩5分のイトーヨーカドーに意気揚々とにがりを買いに行ったら帰り道がわからなくなり、ついでにエスカレーターで派手に転んで流血し、泣きながらam-pmの店員に道を尋ねたことがある
*13:以前行った中国と比較すると交通量の多さに対するクラクションの回数が非常に少なく、静かなものだった
*14: (ほんとはクリックで展開するやつにしようかと思ったんですがめんどっちいからこういう形式にしたらクソ長注釈になってしまってウケました。)
私は初めて行く海外ではできるだけマクドナルドに立ち寄ることにしている。(修学旅行のときは行けなくて悲しかった。でもいいんだ、ハーゲンダッツには行けたから)
せっかくの海外でマクドナルドなんてもったいないと思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、むしろお国柄というのはマクドナルドといったチェーン店で最も色濃く出るものだと考えられないだろうか。
最も分かりやすいのがご当地メニューだ。ハワイ (私の生まれ故郷である) では"Deluxe Breakfast with Spam" (ライス付き) 、ニュージーランドでは"Kiwiburger"、インドでは"Chicken McGrill" (牛肉不使用) といった具合。
水の提供方式、ポテトの量や味などの細かい部分ひとつとっても、日本と比較してみれば興味深い差がみられる。
まあそれは半分建前で、普通においしいから行きたくなっちゃうというのも大いにある。
台湾のマクドナルドに話を戻そう。
入店してすぐ、私は強烈なノスタルジーを覚えた。店内レイアウトが、私が小中学生であったころのあのマクドナルドとほぼ同じだったのだ。
マクドナルドは、3年ほど前からオーダー番号を表示するモニターを設置している。その他にもマクドナルド壁画の新バージョン導入や、各店舗ごとにレイアウトの個性 (読者層を考えると伝わりやすそうなのは渋谷店の半円卓であろうか) を持たせるなど、少しずつその内装を変化させている。
その点、台湾のマクドナルドは、まるで昔の画一的なデザインだったころのJapaneseマクドナルドにタイムスリップしたかのようだ。モニターがない。水のカップも小さくて白いアレじゃない。ポテトの味ときたら全く一緒だ。学生の集団が勉強している (これはいつの時代も変わらない)。
心地よいなつかしさ、あたたかい懐古の念にひたりながら店舗を後にした。
*15:かわいかった
*16:なんとフリーWi-Fiがあった。歓喜して繋ごうとしたがいくら粘っても繋がらず、それ以来この世の中全てのフリーWi-Fiを信用していない
*17:運転がかなり荒かった。日本のバスが丁寧すぎるのかもしれない
*18:なぜならその目的地だけ場所を調べ間違えていて本来の観光地とは全く違う知らん街に着いてしまったから。ショックすぎてどこに行くつもりだったのかも忘れてしまった
*19:アニメのスクショそのまんま貼り付けただろって感じのとか怪しいドラえもん・ピカチュウが大量にあった
*20:台湾のランタン。願い事を書き、火をともして空に飛ばす
*21:ドアこそ壊れていなかったがWi-Fiが一切繋がらず、その日はネット断ちした
*22:当時は今よりもっとずっと他人に甘えがちな性格だったので、ショック療法としてちょうど良かったかもしれない